夢を叶える!筑駒式最強マインドセット

筑駒はおかしな学校です。

 

2016年の筑駒の東大合格者数は102名。卒業生162名の63.0%を占めます。うち現役合格者は82名でこちらは卒業生の50.6%、ともに全国一位でした。二位の灘高校がそれぞれ43.1%と33.0%、東大合格者数絶対王者開成高校ですら同42.9%と25.8%であることを踏まえると、いかに異常な数字かがわかります。

 

ではどうしてこのような数字を叩き出すことが可能なのか?ある人は言います。「もともと生徒の頭がいいからじゃないの?」たしかにそれは見逃せない要因です。しかし受験時の偏差値ではそれこそ灘や開成も筑駒に匹敵するし、それほど生徒の質に差があるようには思えません。その割に合格率では顕著な差があります。またある人は言います。「筑駒の授業が優れてるんじゃないの?」これに関しては卒業生として断言できます。んなわけあるか、と。筑駒での授業は率直に言って受験で何一つ役に立つことのない代物でした。

 

ならば一体どういうことなのか?そのカギとなるのが、タイトルにもある筑駒式の東大へ行く最強「マインドセット」です。

 

東大にいる筑駒出身者に「どうして東大に来たの?」と聞くと「そこに東大があるから」とかいう、張り倒してやろうかって感じの答えが往々にして返ってきます。しかしながらこれは強ち間違いでもないのです。

 

筑駒生の大部分が6年間毎日通学のために使う駒場東大前駅。その目と鼻の先に陣取るのが東京大学駒場キャンパスです。登下校時のホームは東大生で溢れてるし、駅を使えば目の前に駒場キャンパスが見えます。筑駒生はその6年間の学校生活のなかで知らず知らずのうちに東大を生活の一部に落とし込んでいるのです。それだけに留まらず、筑駒生はお昼ご飯を食べに駒場キャンパスの学食を使ったり、文化祭前の二か月間は毎日駒場キャンパス構内で会議を開いたりします。こうしているうちに東大の存在が生活に完全に溶け込み、卒業後もそこに通うのを当たり前のように感じるのです。

 

加えて毎年のように二人に一人は現役で東大に合格するような環境です。左右の席のどちらかは未来の東大生だし、部活でお世話になった先輩も卒業すると当たり前のように駅の向こう側、駒場キャンパスにいます。自らが東大に進むことをごくごく自然のものとして受け止めてしまうのも無理はないでしょう。こうしたことは他の進学校でも一部当てはまることと言えるかもしれませんが、例えば開成であっても東大に現役合格できるのは25%、四人に一人だけですから、言ってしまえば所詮マイノリティに過ぎません。「オレも当然東大に」となるとは限らないでしょう。一方で筑駒は50%超、二人に一人は東大に現役で行きますから、そっちのほうがむしろマジョリティなこともあります。東大に現役で行く人の方が多数派というのは筑駒だけでしょうし、その違いはかなり大きいと思います。

 

こうして筑駒生は、自らが東大に合格することを当たり前に、朝起きて顔を洗うことのように、自然なことと思い込むようになる最強のマインドセットを得ます。そして、自然と合格すると思っているがゆえに、無理なく自然と東大に合格できる勉強をするようになるというわけです。

 

つまるところ「自分は当然できる」と思い込め、という滅茶苦茶根性論チックな話ですが、実際にこうしたマインドが行動の指針となり、成功へ導いてくれるものです。こんな格言があったりなかったりします。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから

 マザーテレサ

ここで注意してほしいのは、私がみなさんにしてほしいのは「自分はできる!自分はできる!」と言い聞かせることでは決してないんですね。意図して言い聞かせようとしてる時点で「自然に」ができてませんから。自らが意図するまでもなく、無意識的に自分の成功を「自然に」当たり前のものとして受け止めている境地に至ってほしいわけです。じゃあそれどうすんのって話ですが、イメージトレーニングが大事だと思います。自分が夢を叶えた姿を克明に思い浮かべる、場合によっては記述するなんてこともしてみてください。あるいは実際に自分の生活の中にその要素を取り込んでみる、なんてのもアリです。とにかく、自分の夢を、叶える前から自分モノにしましょう。